
高須院長『炎上上等』よんでみた:ロマン優光連載104

ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第104回 高須院長『炎上上等』よんでみた
独特の個性でテレビ的にも世に広く知られる高須クリニック院長・高須克弥さん。近年ではなんというか変な自称・保守論者としても知られ、Twitter上でも様々な騒動を巻き起こしています。そんな高須さんが最近扶桑社から出された新書が『炎上上等』。
内容的には高須さんが現代社会に思うことを縦横無尽に語り、その中に交友録や自伝的要素が含まれるといったもの。というか、内容の濃度としては薄めであり、ようするに高須さんのファンに向けたタレント本ですね。
本書でTwitterは釣りの場であり、わざと過激な発言をして集まってきた有象無象をいたぶっていると独自のTwitter哲学を語る高須さん。いや、それは人としてどうなんでしょうか……。それはともかく、新書はTwitterと違って釣りの場ではないということなのか、全体的にTwitterよりも抑えられた感じで政治的な話題も語られています。抑えられているとはいっても、百田さんやケント・ギルバートさんに比べれば攻撃性や謎の飛躍やこじつけが少ないというだけで、政治的な見解としてはネットでよく見かける「いつものウヨなあれ」な感じで、特にその点に逐一触れてみても同じ話を繰り返すだけになるので、詳しく触れるようなことはしません。
たびたび、高須さんの口から語られてきた自身のいじめ体験。「父のアドバイスで、いじめっこ集団にバットで殴り込み」という定番エピソードに、高須さんのお父さんが有名ないじめっこ五兄弟の末弟で凶暴な人物であったこと、殴り込んだものも返り討ちにあいボコボコにという、私的には初めて知る情報があったのは嬉しかったですね。ここら辺の高須さんの話は拙著『SNSは権力に忠実なバカだらけ』で触れてますので、興味のある方は読んでいただけるとありがたいです。担任の左翼教師のいじめと、農地解放で土地を奪われたことに対して左翼を憎んでいた高須さんの祖母の教育によって、左翼に対する憎しみが育てられていった流れは『炎上上等』でもうかがい知ることができます。また、金持ち特有の無意識な階級差別的な意識を祖母から無自覚に引き継いでしまってることも。高須さんは基本的に他人に親切な人で、無私の人であり、篤志家でもあるわけですが、それが「下々のものにも優しくしなければならない」という無自覚な差別意識に裏打ちされているような感じは、そこかしこに見受けられ、こういうところがいじめっこに目を付けられるところだったのだなという感想が生まれてきます。でも、いじめはいじめるほうが悪いのです。
そういえば、拙著の方でも触れてるのですが、高須さんは高校生の時に地元の村から街の学校に進学し、校内の柔道部と一緒に遊ぶようになったそうです。高須さんがおとりになって、不良にかつあげされそうになり、そこを柔道部の面々が駆けつけて不良をボコボコにするという何ともぶっそうな遊びに励んでいたとか。独自のTwitter観との繋がりを感じさせるエピソードです。
一番炎上したあの話題はスルー
最近の自身の炎上体験をテーマとした文章によく見られるのが「何故炎上したかを具体的に書かず、被害者としての自分の話だけをする」という構成です。自分のことは棚に上げるというやつです。高須さんは炎上上等という勇ましい姿勢で挑まれているので、被害者意識は特に打ち出してはいないのですが、いくつかあげられる炎上エピソードの中で本当に問題であろう話は語られることはありません。絡んできた相手に明らかに非があるようなイカれた自称・サヨクに絡まれてこらしめた話は語られますが、ネトウヨのデマに踊らされ「有田芳生議員はしばき隊のリーダーであり、配下に命じてネット上で自分を集団で攻撃させたので訴える」と事実無根な情報を元に無駄に騒ぎ立てて明確な謝罪もないままにウヤムヤになっていった話などは特に詳しく語られたりはしません。さらに言うならば、その時の炎上の大元になった「ナチスのホロコーストは無かった」といったホロコースト否認論、ナチス擁護とも取れる発言の数々についても触れられていません。ホロコースト否認論で炎上したというなら、どう考えても否認論者のほうがおかしいという話になると私は思うのですが、それについては語られてないのです。本書におけるナチスに関する話題は、戦時中の満州における樋口季一郎による亡命ユダヤ人保護の話という美談くらいではないでしょうか。「ホロコーストはなかった」という自説でTwitter上で炎上し、サイモン・ウィーゼンタール・センターの要請でアメリカ美容外科学会を除名(高須さんご自身は除名になる前に脱会したとおっしゃってます)されることになったという最大の炎上案件についての言及もなければ、ホロコースト否認論を熱く語る部分も本書にはありません。一番炎上した事件はなかったことになっているのです。
まあ、そんなことを書いた本を出版したりしようものなら、版元に対してサイモン・ウィーゼンタール・センターから抗議が寄せられるのは必至であり、 「マルコ・ポーロ事件」の二の舞になる可能性があるわけですから、そんな記述のある本を出版する大手メディアは多分ないでしょう。フジサンケイグループは右よりとはいいますが、ホロコースト否認とかは右とか左とかじゃなくてトンデモというか、また違う話ですしね。愛国者とホロコースト否認は関係ない話です。まあ、そういうわけで、ホロコースト否認論関係の話が載ってないといっても、出版社側の問題で高須さんが避けたわけではないかもしれませんし、優しい高須さんが版元に迷惑をかけたくなくて泣く泣く削ってあげたのかもしれません。そこは何ともいえませんが、炎上上等と言っても色々限界はあるものです。
高須さんは冗談で言ったことを本気にする人が多くて困っているとおっしゃってますが、この本の中でも「安倍首相は改憲に反対すべき(なんでも安倍首相に反対してるだけの反安倍の人間が改憲派になるはず)」「日本は戦争をもう一度するべき(最近の日本はハングリーさが足りないからダメ。戦争して負ければハングリーになるし、勝てば豊かになる)」といった、多分冗談であろうと思われる主張をされてますが、これらの冗談は冗談だとしても怒る人はいるでしょうね。高須さんは茶目っ気たっぷりの人なので、人の神経を逆撫でするようなことを言って喜ぶ癖がある方だと思われ、単にそういう気持ちからこういう冗談を言っている節はあるのですが、たいがいですよね。稚気溢れる老人が孫相手にイタズラをする様子は微笑ましいものがありますが、影響力の強い裕福な老人が社会に対してそれをやるのは困ったものです。本人は自分の思考が硬直気味であることに無自覚で柔軟で若々しい人間だと思い込んでそうだし、年をとってますます頑固になっているものだから何を言っても仕方がなく、周りの人も本当に大変でしょうね。
強ければいじめられないという主張をはじめ、幼少期にいじめられた経験からか、日常レベルから国家レベルまで、強さと闘いに拘るマチズモに溢れた発言が多く見られる高須さん。高須さんの人格形成にいじめが大きな影を落としているのがうかがえます。弱かった自分を肯定できず、色々な手段で上書きして強い自分であったと思おうとしているような感想すら抱きます。過去のいじめ体験から解放されないままに来てしまったであろうことに、哀しさを覚えました。
この本の印税は、先日の台湾で起きた地震の復興支援のために、全て寄付されるとのことなので、なんというかツラい読書の時間を味わったわけですが、それは良かったと思いました。
(隔週金曜連載)
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【ロマン優光:プロフィール】
ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。
おすすめCD:『蠅の王、ソドムの市、その他全て』/PUNKUBOI(Less Than TV)
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