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大泉サロン:ロマン優光連載186

2021.05.07(金)


ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第186回 大泉サロン

「どうしてあなたはケーコタンのファンなの?」(中断)「あなたね、ここに来る人はみなモーサマのファンなの。あなた珍しいから呼んだのよ」

(『一度きりの大泉の話』P.338より)

 竹宮惠子の『少年の名はジルベール』と萩尾望都の『一度きりの大泉の話』に二冊をこの順番で読み終わった。二人の才能ある漫画家ともう一人の「大泉サロン」での蜜月と決別を、漫画家二人のそれぞれの視点から描いた二冊であり、相互補完関係にある。
 いや、先に出された竹宮先生の自伝である『少年の名はジルベール』の中に描かれた二人の姿に感銘を受けた人たちが二人に対談させようとしたり、「大泉サロン」の物語をドラマ化しようとして打診してきたり、竹宮先生との和解を勧めてくることに耐えきれなくなった萩尾先生が「なぜ、そういう申し入れを受けることができないか」ということを説明するためだけに書いたのが『一度きりの大泉の話』だ。別に竹宮先生の書いた自伝の内容に対して抗議するために書かれたわけではない。なにしろ、萩尾先生はそのことがあってからというもの、竹宮先生の言い付けを守って、そのことについて何も語ることなく、竹宮先生を避け続け、作品すら読んでいなかったのだから。この自伝とて例外ではない。いや、本人からわざわざ送られてきたというのに読まずに送り返している。だから、内容に抗議しようという意図はない。そもそも読んでないのだから。「なぜ、竹宮先生と関わりたくないのか」の核心部分が、ちょうど竹宮先生が自伝の中で描かなかった部分にあたる。誰かを糾弾するための本ではない。拒絶と拒絶の理由が延々と語られている本だ。

 何年たとうとも、その時の空気の臭いまで克明に思い出してしまうような体験というものがある。たいていの場合、それは嫌な出来事だ。少なくとも、筆者にとってはそうだ。そのことを思い出してしまうと、その時に感じた怒り・苦痛・悲しみがそのまま再現されてしまう。毎回新鮮な苦しみを味わってしまう。
 相手を許してないという話ではない。向こうのその時の事情や気持ちを理解し、相手を許し、好意すら抱いているような状況でも、その記憶に触れてしまうと、あの時の感情がどんなに時間がたっても新鮮な感情として再現されてしまう。でも、自分ではそれがコントロールはできない。だから、それを思い出すきっかけになるようなものからできるだけ遠ざかるようにしていくことが一番確実にその苦痛から離れる方法なのだ。
 萩尾先生が竹宮先生を50年近く避けてきたのは単に嫌いだからとかいうことではなく、このようになってしまうからだと感じてしまう。他人にとっては大昔の忘れたらいいようなことでしかなくても、本人の中では今起きたことのように勝手に再現されてしまっているとしたら、他人がとやかく言ってもどうにもならない。

 最初に「二人の才能ある漫画家ともう一人」と書いたが、もう一人にあたるのが二人と同年代の増山法恵さんという女性である。そもそもは萩尾先生の文通相手だった。萩尾先生が竹宮先生に紹介したことで、二人は仲良くなる。増山・竹宮の二人が萩尾先生を呼び寄せて、増山さんの実家から徒歩30秒のアパートの一室を借りて竹宮先生と萩尾先生が一緒に暮らしだしたのが「大泉サロン」の始まりである。増山さんはクラシック音楽・文学・映画・美術など造詣が深く、そういった面で二人に刺激を与えた人物である。竹宮先生にとっては「少年愛」愛好家としての同士でもあり、実質的なプロデューサーとしての役割を果たしていた人物でもある。二人の漫画家に憧れてアパートに集まる少女漫画家・少女漫画家志望の少女たちにとっても、理論的指導者の役割を果たしていた、あるいは果たそうとしていた。世の中には、自分自身は特に何か創作するわけではないのに、そういう場にいることで周囲に様々な影響を与える触媒としての才能を持っている人がいる。まさしく彼女はそういうタイプであり、竹宮先生に対しては特に強い影響力があったと思われる。
 本文の冒頭にあるのは『一度きりの大泉の話』の最後を飾る萩尾先生のマネージャーを勤める城章子さんの手記から引用したもので、竹宮先生のファンとしてアパートを訪れた城さんに対して増山さんが発した言葉だ。
 萩尾先生の存在が竹宮先生を精神的に追い詰めていたことは間違いない。その結果、何をしてしまったかは語らないが、そこに至る自分の心理については自伝内で率直に語られている。
 自己評価が異常に低い萩尾先生は自分が編集部に特別扱いされていることも気づかないし、アパートを訪れる女の子たちのほとんどが自分の信奉者であることも気づかないし、そもそも自分の才能がどれだけのものかも気づいてない。才能に無自覚な謙虚で才能ある人というのは、とかく周囲を悪気なく傷つけがちだ。偉そうにしてくれたり、わがままだったりしてくれたほうがましだ。相手を嫌う理由ができるから。
 同じ家に住み(しかも個人の部屋があるわけではない)、同じ情報にふれ、同じ人たちと交流していたら、よく似た題材を作品にしてしまうことは当然ある。それはわかっているはずなのに竹宮先生があのような行動に出てしまったのは、本当に萩尾先生が怖かったのだろう。「このまま近くにいたら自分の全てを奪われてしまう」ぐらいのことを本気で思っていただろうことは、萩尾先生に渡した手紙の内容(自分の本棚の本を読むな、自分のクロッキー帳を見るな)、城さんの手記中の竹宮先生の発言(あの人は見たものは何でも絵にできるから怖いという内容)から感じとれる。萩尾先生は何も悪くはないのだけれど。ただ、竹宮先生にとっては様々な状況が重なることで、萩尾先生の存在そのものが残酷な存在にになってしまったのだ。竹宮先生が萩尾先生にしたことは本当にヒドいことだ。しかし、そこに至る過程を考えると、可哀想だなとは思ってしまう。

 それぞれの視点から二人の決別が描かれ、世に出たわけだが、それを増山さんはどう思うのだろう? いや、増山さんからはどう見えていたのだろうか?
 萩尾先生からは、増山さんは竹宮先生と一緒に理不尽な糾弾に参加していたように見えている。しかし、本人が中立の立場で間に入るつもりで現場にいたという可能性もある。増山さん自体は萩尾先生と決別するつもりは全然なかったであろうことは、『一度きりの大泉の話』の中に書かれた増山さんの行動を見てもわかる。
 竹宮先生と増山さんの関係が非常に親密で特殊なものだったのは、城さんの手記に克明に描写されているのだが、そこでは増山さんが完全に支配しているように見える。それならば、あの夜の糾弾は増山さん主導のものだったのだろうか?
 増山さん視点の物語、あるいは増山さんと竹宮さんの関係性が明確に語られた「もう1つの物語」があるのならば、それはまた違う感慨が沸き起こるものだろう。しかし、それが現れたところで三人の今は何も変わらないのだろうけど。

 この二冊から読み取れることを書き出していくと本当にキリがないので、ここでは「両作品とも、山岸凉子先生がかっこいい」ということと、「『一度きりの大泉の話』の中の木原敏江先生が優しくて素敵な感じだったのでよかった」ということを最後に書いて終わりにしたい。

(隔週金曜連載)

おすすめエッセイ:「一度きりの大泉の話」萩尾望都(河出書房新社)
https://books.rakuten.co.jp/rb/16677549/

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【ロマン優光:プロフィール】
ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。現在は、里咲りさに夢中とのこと。twitter:@punkuboizz

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