
ディズニー王国事始め~『白雪姫』がすべてを変えた(2) 『白雪姫』の原型はどこに?:高橋ヨシキ連載5

あの映画に隠された、禁断の魅力とは? 現代の「神話」の深淵に迫る!
高橋ヨシキのディズニー大好き!
第5回 ディズニー王国事始め~『白雪姫』がすべてを変えた(2)『白雪姫』の原型はどこに?
文・高橋ヨシキ
前週に引き続き『白雪姫』評をお届け! 第一回目はこちらから。 http://bucchinews.com/geinou/5799.html
白雪姫の道
『白雪姫』は映画史上初の長編アニメーション映画ではありません。それはアルゼンチンのアニメーション監督キリーノ・クリスティアーニの切り絵アニメ『使徒 El Apóstol 』(1917年)だとされています。また同じくクリスティアーニが作った『ペルードポリス Peludópolis』(1931年)は、世界初の音声つき長編アニメーション映画とされていますが、残念ながら、これらの作品は現存しません。火災で燃えてしまったのです。かつて、映画のフィルムは硝酸セルロース、いわゆる「セルロイド」で作られていたのですが、セルロイド製のフィルムはきわめて燃えやすく、おまけに自分から発火することすらあったため、クリスティアーニの作品に限らず「燃えて消え失せてしまった映画」は膨大な数にのぼります。1924年にユニバーサルのフィルム保管庫が、また1937年には二十世紀フォックス、1967年にはMGMがそれぞれ大火災を起こしています。日本でも1984年に東京国立近代美術館フィルムセンターで火災が発生、多くの作品が焼失したりダメージを負ったりしました。マーティン・スコセッシ監督が設立した映画の保存団体フィルム・ファウンデーションによれば「1950年以前に作られたアメリカ映画の半分が、そして1929年以前の映画の90%が永遠に失われた」といいます。スチル写真やパンフレット、雑誌記事や広告でその存在を知ることが出来ても、絶対に観ることがかなわない映画がどれだけあるか、想像しただけで気が遠くなります。
『白雪姫』のような作品が現存するのは、ひとつには大ヒット作品なのでコピー(「デュープ」といいます)が沢山存在していることともありますが、注意深く保存され、また幸運にも火災で焼失しなかったからです(コピーが多ければ、それだけ生き残るチャンスが多いのは言うまでもありません)。
ディズニーの『白雪姫』は、先述したように「映画史上初の長編アニメーション」ではないのですが、世界中のほとんどの人にとって、この作品が初めて目にする「フルカラーの長編アニメーション映画」だったことは疑いようがありません。そして、その出来栄えは驚くべきものでした。しかし『白雪姫』は突如として出現したわけではもちろんありません。
ディズニーは1920年代の「ラーフ・オ・グラム Laugh-O-Grams」を皮切りに、実写とアニメが融合した人気シリーズ『アリス・コメディーズ Alice Comedies』(1923年~27年/全57作)、ミッキー・マウスの前身として日本でも人気の高い『オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット』(1927年~28年/全26作)、そしてもちろん『蒸気船ウィリー』に始まる『ミッキー・マウス』シリーズ(1928年~現代まで!)など、多くのアニメーション短編を作る中で、着実にアニメーション技術を向上させ、また技術的なブレイクスルーを何度も経てきていました。
特に1929年に始まった『シリー・シンフォニー』という短編のシリーズでは、初のカラー作品『花と木』(32年)、ロトスコープ技術(実写で撮影したフィルムを元にしてアニメーションを起こす技法)を取り入れた『春の女神』(34年)、マルチプレーンカメラ(カメラの前にセル画や背景を重層的に置いて位置を変えることで、「手前と奥」の立体感を出すことを可能にした)を初めて使用した『風車小屋のシンフォニー』(37年)など、『白雪姫』へと直結することになる画期的な実験が繰り返されました。また『春の女神』はには地獄と悪魔が登場するのですが、これは『花と木』の踊る草木やキノコと同じように、のちの『ファンタジア』を予感させるものです。デイヴィッド・ハンドやウィルフレッド・ジャクソン、ベン・シャープスティーンといった『白雪姫』の監督たちも『シリー・シンフォニー』でいくつもの作品を監督しています。
・花と木(1932年)
https://www.youtube.com/watch?v=CWEzHE7wn7U
・風車小屋のシンフォニー(1937年)
https://www.youtube.com/watch?v=MYEmL0d0lZE
念のため、もちろんアニメーションの技術はディズニーだけが発達させてきたわけではありません、『恐竜ガーティ』のウインザー・マッケイや『ベティ・ブープ』のフライシャー兄弟をはじめ、アニメーション創成期を形作った重要な人物や会社はいくらでもあります。そのことは――言うだけ野暮ではありますが――ご了承ください。「アニメーションの歴史」は、たとえごく初期だけに限ったところで簡単に要約できるようなものではなく、ぼくのような素人の手に負えるようなものではないからです(ただ、少しかじってみるだけでも物凄く面白くエキサイティングなものであることは確かです。興味を持った方はぜひ専門の研究書などをあたってみるといいと思います。たとえば『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか/アニメーションの表現史(新潮選書)』などは、ごくごく初期の「アニメーション」がどうやって発展していったことがよく分かるとても面白い本です)。
日本美術が白雪姫に影響を与えた?
ところで『白雪姫』の、特に「白雪姫」本人は、先述した『春の女神』(34年)の「女神」と確かによく似ています。ロトスコープ技術(といっっても、ディズニーの場合は参照用に撮影したフィルムの動きを「丸写し」することは少なかったようですが)を用いて描かれた「女神」の流れるようなダンスはもちろん魅力的ですが、ここでは彼女の姿形に注目してみたいと思います。
・春の女神(1934年)
https://www.youtube.com/watch?v=JuVRi9XzNpk
一目してわかるとおり、「女神」の姿はそれほどデフォルメされたものではありません。同じアニメに登場する悪魔とくらべてもそれは明らかです。悪魔の方はおおいに表情もマンガ的に誇張されていますが、「女神」はマンガ的というよりは、ある種絵画的というか、たとえば少女絵で知られる中原淳一のイラストレーションに近いタッチです。と、書くと話が前後してしまうのですが、ここで19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した、2人のイラストレーターをご紹介したいと思います。それがウォーウィック・ゴブル(1862年~1943年)とジェシー・ウィルコックス=スミス(1863年~1935年)です。ゴブルとウィルコックス・スミスは、どちらも雑誌や児童書の挿絵を手がけたイラストレーターで、ウィルコックス・スミスはとくにチャールズ・キングズリーの『水の子どもたち』の挿画で有名ですが、『水の子どもたち』はゴブルが挿絵を描いた版もあるので、ちょっとややこしいです。重要なのは、ゴブルもウィルコックス=スミスも、19世紀末から20世紀初頭にかけて、たいへん人気の高かったイラストレータで、絵のスタイルもかなり似通っていたというところです。
・ジェシー・ウィルコックス=スミスの『水の子どもたち』のイラスト
https://rarestkindofbest.files.wordpress.com/2013/01/il314914.jpg
・ウォーウィック・ゴブルの『水の子どもたち』のイラスト
http://www.nocloo.com/wp-content/gallery/goble-warwick-water/goble-water07.jpg
この二枚ではちょっと分かりづらかったかもしれませんが、この二人のイラストのスタイルは、どちらも「アングロ・ジャパニーズ・スタイル」と呼ばれるものです。1867年にパリで開催された万国博覧会は日本が初めて参加した万博ですが、19世紀末当時、エキゾチックな東洋の島国・日本は、工芸や美術なども含めておおいに欧米の注目を集める存在でした。とくに日本の浮世絵や工芸品が西欧美術界に与えたインパクトは大きく、クロード・モネやエミール・ガレなどが「日本風」の作品を残しているのはよく知られています。
日本美術の影響を強く受けた画家で注目すべきなのはジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(1834年~1903年)です。ホイッスラーはアメリカ生まれですが、ロンドンで活躍した画家で、その画風はポップ・カルチャーにおける「アングロ・ジャパニーズ・スタイル」に影響を及ぼしました。というのも、ホイッスラーの絵は、今日の目で見ると伝統的絵画とイラストレーションの中間に位置するように見えるもので、先に挙げたウォーウィック・ゴブルやジェシー・ウィルコックス・スミスのイラストレーションにもホイッスラーの影響が見てとれるからです(ホイッスラーだけが単体で影響を及ぼしたと言っているわけではありません。アール・ヌーヴォーを始め、当時、また先行するさまざまなアートの影響があるのは当然のことです)。
・ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(ギャラリー)
http://www.jamesabbottmcneillwhistler.org/the-complete-works.html
さて、ジェシー・ウィルコックス・スミスは、「白雪姫」のイラストも手がけていました。
・ジェシー・ウィルコックス・スミスの『白雪姫』
https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/736x/ca/d3/59/cad35994e2db7a2c61332ad739ee71bc.jpg
ほっぺたが赤く、黒髪とぱっちりした目、控えめな赤い唇が印象的なイラストですが、ここにディズニー版『白雪姫』の原型を見ることは、決して不可能ではないとぼくは考えています。しかし、ここで一足飛びに「ああ、じゃあこのジェシー・ウィルコックス・スミスが『白雪姫』のタッチを決定づけたのか?」と言ってしまうわけにはいきません。『白雪姫』にとってさらに重要だったのはアーサー・ラッカム(1867年~1939年)のイラストレーションや挿絵です。アーサー・ラッカムはやはり「アングロ・ジャパニーズ・スタイル」を継承したイラストレーターで、『グリム童話集』や『ガリバー旅行記』、『不思議の国のアリス』のイラストなどで知られています(『不思議の国のアリス』のイラストといえばジョン・テニエルですが、ここではいったんテニエルについてはおいておきます)。そして、ラッカムこそ、ウォルト・ディズニーが『白雪姫』を製作するにあたって、アニメーターらスタッフに「彼のスタイルを学ぶように」と命じたイラストレーターだったのです。
・アーサー・ラッカム(ギャラリー)
http://www.artsycraftsy.com/rackham_prints.html
ちなみにラッカムのイラストはピーター・ジャクソン監督が『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』を作ったときに、「(大木の姿をした種族)エント」の参考にもさせたと言われています。
ここで、『白雪姫』のコンセプト・アートをいくつか見てみましょう。
『白雪姫』コンセプト・アート(2ギャラリー)
http://www.cinemablend.com/new/See-Original-Concept-Art-From-Snow-White-Seven-Dwarfs-33289.html
http://conceptartworld.com/?p=26091
アーサー・ラッカムはもちろんのこと、ここにはジェシー・ウィルコックス・スミスやウォーウィック・ゴブルの「スタイル」が随所にみられます。つまり(ディズニーがラッカムのイラストを参考にするよう指示したとはいえ)ここには「特定の画家」の「スタイル」だけでなく、19世紀後半から20世紀初頭にかけての、児童書のイラストのテイストが盛り込まれていると見るべきでしょう。そうしたイラスト群、そのような「テイスト」が『春の女神』やその他の短編アニメーションを経て『白雪姫』のビジュアルを生み出したのです。と、考えると、「白雪姫」の表情が中原淳一の少女絵と似通っているのも納得がいきます。中原淳一はこうした当時の西洋のイラストレーションや絵画の影響を受けていたからですが、さらに遡ると、そうした西洋の絵画のスタイルがもともと日本の浮世絵などの影響下にあったわけで、こういう「影響の糸」が縦横無尽に広がっているのはとても面白いですよね。ここでは絵のタッチだけに話を限って書いてきましたが、同じような「影響の蜘蛛の巣」は当然、映画の世界にも張り巡らされているわけで、改めて芸術の世界はすべて相互に関連し合い、歴史的な繋がりの上にのみ成り立っているということがいえると思います。世界があっと驚いた長編アニメーション映画『白雪姫』も、背後に無数の芸術の歴史を背負って登場したというわけです。
(つづく)
画像: "Mrs. Bedonebyasyoudid." Illustration for Charles Kingsley's The Water Babies in charcoal, water, and oil. (New York : Dodd, Mead & Co., 1916), p. 236. (Public Domain)
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