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サブカルチャー

中森明夫と宮﨑勤の〝罪と罰〟(ロマン優光)

2019.05.31(金)



『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』でサブカルと呼ばれるものの再定義を試みたロマン優光。著書では「おたく」という名称を生み出した中森明夫にも言及している。

これが中森明夫だ!

 中森明夫という人物がいます。アイドル評論家、小説家、サブカル・ライターとして認識されることが多い人物です。代表作はなんですかねえ。80年代中盤に『宝島』で連載した小説『東京トンガリキッズ』、もしくは1983年に『漫画ブリッコ』で連載された、あの悪名高い『「おたく」の研究』ではないでしょうか。

 定期的にTwitterなどで盛り上がる話題といえば「サブカル対オタク」、そしてその話が出た時に必ず上がってくるのが、中森明夫が書いた『「おたく」の研究』なのです。「おたく」という名称を産み出したことで知られているわけですが、その内容を知らない人のために簡単に要約してみましょう。

記念すべき第1回は「コミケに初めて行ったんだけど、いる奴がほんとキモかった。運動できなさそうで、髪も服もダサい、ガリか豚しかいない。女はたいていデブ。普段、学校で目立たない友達もいない奴がはしゃいでてキモい。こいつらをおたくっていうことにする。」
第2回「あいつら互いを「おたく」って呼び合ってキモイから「おたく」ってよぶことにしたよ。あいつらモテないからアニメキャラ切り抜いて持ち歩いててキモい。少しマシな奴はアイドルにいくけど、手紙買いたりグラビア切り抜いたりでキモい。」
第3回「高校生の彼女連れて同人誌置いている店にいってキモい奴らを観察して二人で笑ってやった。結局奴らキモすぎて二人とも鳥肌たってきたから、店を出て公園でいちゃいちゃしちゃいました。」

 いや、ひどいですな。「少し、盛って面白くしようとしてるんでしょ」と言う人もいるかもしれませんが、要約内容にいっさい誇張は交えていないですし、原文はさらに細かくオタクをバカにし続けているのです。問題提起とかじゃなくて、ただバカにするだけ。なんというか、2ちゃんの煽りみたいな感じですよね。商業誌に原稿として載っていたのが信じられない、ただのオタク差別の文章です。
 編集長・大塚英志の判断により連載打ち切りになりましたが、当たり前ですよね。美少女漫画誌で読者のメイン層にあたるそういう人をバカにして、一体何のメリットがあるのかわかりません。

 この文章が発表された時、私は……小学生だったので全然存在すら知りませんでした。小学生は『漫画ブリッコ』なんて読まないですから! 宮﨑勤事件以降の流れで、「おたく」の存在がネガティブにマスコミに取り上げられだしてから、別冊宝島『おたくの本』で初めてハッキリと存在を認識したぐらいのものなのです。いや、「初めて読んだ時、怒りで手が震えた」とか書けたらいいのですが、抜粋じゃなくて全文にあたったのは大人になってからですからね。

『「おたく」の研究』を取り上げて「最初にサブカルがオタクを差別してきたのだ!」と、サブカルvsオタクという構図の中で発言する人が最近もいます。果たして、本当にそうなのでしょうか? つまり、中森明夫という人物は、岡田斗司夫が仮想敵として想定したサブカルであったり、私の世代や少し下の世代のオタクが仮想敵としたサブカルだったのでしょうか?

 まず、中森明夫とはそもそもどういう立ち位置の人なのでしょう。サブカルチャー畑の人には違いないですけど、今でいうサブカルの人ではないような気がするのです。この人が最初にメジャーに浮上したのは『朝日ジャーナル』で連載されていた「新人類の旗手たち」というコーナーに登場した1985年のことです。新人類と言われても、今さらよくわからないんですが、新世代というか若者というか、その程度のことだと思います。『漫画ブリッコ』の連載を打ち切られていた頃からすれば、えらい出世ですよね。
 その後、『東京トンガリキッズ』という当時の若者文化や音楽文化を勘違いして取り入れた珍作を発表したり、アイドル評論家になったり、サブカルチャーの黒幕になって『SPA!』(扶桑社)誌上で「中森文化新聞」という「俺の考えたサブカルチャー前線」みたいな連載をやったり、チャイドルという言葉を作ったりという活動をしているわけです。竹熊健太郎の発言によりますと、「サブカル」という言葉を「サブカルチャー最終戦争」(『SPA!』1991・12・25)という記事の中で最初に媒体で使った人なのですが、単にサブカルチャーの略語として使ってるだけなんですよね。記事自体も今読み返すと、山崎浩一と二人で「ボクだってそうさ。だからここがサブカルチャーなんだ。」とかなんか内容のないことを語って煽っているだけで今の感覚で読んでみるとその寒さに驚きましたけど、当時としてもどうだったんでしょうね。
 現代のサブカルというのは結局なんだかんだで何らかの作品に対してアプローチしていくものなのですが、実態のないサブカルチャーという理念だけをグルグル振り回して人を煙に巻いて商売している業界人っていう感じですね、中森明夫は。

 私が中森明夫という人物を認識したのは中学3年生の時、『東京トンガリキッズ』の連載を通してでした。それぐらいからパンクロックやNWといった音楽を聴き出した私は内外のそういうバンドの情報に飢えていて色んな音楽誌を読んでいたのですが、『宝島』もその中の一つでした。ちなみに同時期に定期購読していたのは『ファンロード』です。
 音楽関連の情報を目当てに読みだした『宝島』ですが、のちのサブカルに繋がるようなコラムや漫画にも目を通すようになります。その一環として読んでいたのが『東京トンガリキッズ』なわけですが、本当に大嫌いでした。「若者にも、音楽にも不案内なダサいおじさんが勘違いした想像で書いてる。」というのが当時の私の感想です。
そんなにイヤならば読まなければいいじゃないか。」と仰る方もいるでしょう。でも、どうしても読んでしまうのです。今度はいったいどんなダサくてひどい話が書かれているのだろうと思うと、ついつい読んでしまい、毎回のごとく、文句を言っていました。多分、連載が終わるまで言い続けていたと思います。その頃、何かで中森明夫本人の姿を見て「何、このカッコ悪いダサい人。こんな人があんな話書いてるの!」と思ってよけいに腹が立つようになりました。ひどい言い様ですが、なにぶん子供の言うことですから許してくださいね。

中森明夫と宮﨑勤

 ファンロードを読んだり、パンクロックを聴いたり、『東京トンガリキッズ』に文句を言ったりしながら、勉強もせずに日々ボンヤリとしていた私ですが、ある重大な出来事が待っていました。宮﨑勤事件です。

 当時、私が同学年の中でどういうグループに属していたかというと、アニメファン五、六人。アニメと鉄道が一人。特撮ファンのアウシタンが一人。ガロ系のマンガやフールズメイト的な音楽や映画を好む人一人。アニメ、特撮、プロレス、アイドル、SF、パンクやフールズメイト的音楽を好むローディストの自分。それに、ただの凄い変わり者で極端なものだったら何でも食いつく狂気じみた人が一人。こんな感じだったように記憶しています。

 私たちの界隈はわかりやすく言うと、成績が悪かったり、スポーツができなかったり、言動がエキセントリックだったり、見た目がひどかったりする人間で構成されたマニアのグループで、スクールカーストの最底辺に属している感じです。ようするに中森明夫にバカにされるタイプの人間たちです。このグループ以外にも同学年でアニメファンとか、今で言うオタク趣味の人たちもいましたけど、その人たちは、見た目がちゃんとしていたり、成績が良かったり、スポーツが得意だったり、言動が常識的だったりするので別口扱いで、身分が低いとかはなかったですね。

 現代の感覚でいえばいかにもな感じのキモオタ・グループですが、私たちは自分たちを「おたく」だなんて思っていませんでした。私たちが「おたく」という言葉をつかう場合、明らかに気持ち悪い性的なところ剥き出しの二次コン、ロリコンだったり、コミュニケーションがとれないぐらい異常な人物だったり、「マニア界隈(今でいうオタク)に生息する異常者」を指す言葉として使用していました。私たちは『「おたく」の研究』なんて記事を全然知りませんでした。マニア界隈以外の人は「おたく」なんて言葉は知らないので、バカにされてはいても、自分たちがおたく呼ばわりされることもありませんでした。
 宮﨑勤事件が起こるまでは。

 ある日突然、私たち(及び、別口と見なされていたヒエラルキーが高い方の人たちも)は、自分たちが忌み嫌っていた「おたく」という異常者をさす称号で呼ばれることになってしまったのです。本当に不快でしかなく、自分たちは「おたく」ではないという主張を繰り返したものの、世間に勝てるはずもなく、ネガティブなイメージだった「おたく」という言葉を捉え直そうというマニア内の動きもあって、自分が「おたく」であるという名乗りを便宜上しぶしぶ受け入れるようになるのはのちの話となります。

 受験が終わり東京の大学に進学し、ライブハウス通いにいそしむ生活を続けていた私は一冊の本に出会います。そして、衝撃の事実を知ることになります。
「おたくって言葉を作ったのは、あのダサい奴か! だいたいあいつ自体がアイドルおたくのくせに!」
 そう、その本の名は別冊宝島『おたくの本』、そこで私は中森明夫自身の手によって、その事実を知ったのです。 さらに年月が過ぎ、おっさんになった頃、ついに 『「おたく」の研究』の全文を読むことになります。

 今の視点であれを読むと、リアルタイムであれを読んでしまった人が受けたであろう衝撃や不快感とはまた違う、妙な感慨を伴った感情が湧いてくることになります。あの文章を書いた頃には彼の容姿を読者は知らなかったでしょう。しかし、今は違います。
 私の周囲にいる人で彼の画像を見た者の多くが口にするのは「あんなことを書いてるのに、自分が単なるキモオタじゃないですか。」という言葉です。現在の画像は「こんなおっさんオタクいる!」みたいな感じでしかないし、若い頃の画像もネットで見ることが可能なんですが、服こそ高そうですが、すごくオタクっぽいのです。アイドル評論家になってからのち、チャイドルという言葉を作ってローティーンのアイドルを推しだして以降はアイドルオタクのイメージもついています。そういう情報が入った後にあの文章を読んでしまうと、「モテるお洒落なサブカルがオタクをバカにしている。」という印象ではなく、「キモいドルオタがコミケで二次オタを見たら同族嫌悪のあまりキレてしまって二次オタを攻撃しだした。」ような印象になってしまうのです。

『東京トンガリキッズ』や『オシャレ泥棒』は音楽やファッションなど当時の最先端の風俗を取り入れた小説です。しかし、ご本人がそういったものに精通している感じは全くないのです。母親にシャツをズボンに入れるよう言われて拒絶したら、ヒステリーをおこされシャツ・インせざるを得なかったような田舎の男子中学生だった私はファッションのことなど全然わからなかったのですが、音楽に関しては「この人全然わかってない」ということはわかりました。全てが不自然だったのです。ダサい人が無理してお洒落ぶっている感じしかしませんでした。

 中森明夫はダサい自分から脱却してモテたくて仕方がない人間で、コミケにいた少年少女にかつての自分を見て苛立ち、必要以上に攻撃をしてしまったのではないか。そんな気がしてしまいます。まあ、本当のところは本人にしかわからないので「俺はずっとお洒落でモテモテだった」と言われたらそれまでですが。ただ、まあそういう風に見えちゃいますよねという話です。

 そうは言っても、オタクをバカにする煽りの文章としては未だに破壊力抜群ではあります。時代に合わない部分を改訂してから、どっかに貼り付けたら、元ネタがわからなければ本気でキレる人がでてくるでしょう、あれ。
 アイドルオタクをディスっている部分があって、アイドルに手紙を送ると、気に入った手紙にはアイドル自身から返事が届く企画に手紙が沢山届くのがキモいとか、雑誌が本屋に届くのが待ちきれなくて隣町まで買いに行ってる奴がいてキモいとか、特に異常な行動とも思えない部分を攻撃していて、意味がわからないレベルです。
 そこまでアイドルファンを攻撃しといて、アイドル評論家をシレっとした顔で名乗り「僕、アイドル大好き!」アピールを堂々とやっているとは面の皮が厚すぎるのではないでしょうか。何年も前に書いた原稿なんて誰も覚えてないだろうと思ったのかもしれませんが、本当にハートが強いです。当時ネットがなくてよかったですね。
「25才で結婚してる奴がグラビアの切り抜きやってファイルしててキモい」とも言っていますが、どう考えても30代後半でローティーンな女の子を対象にしてチャイドル、チャイドルって騒いでいたチャイドルおじさんの方が間違いなく世間的には気持ち悪い存在ですよね。あと、ここでは「おたく雑誌『GORO』」って書いているのに、八年後の「サブカルチャー最終戦争」の中では「70年代を代表するヤングカルチャー誌『GORO』」って言っているのもなんかいいですね。
 あと、当時23才の中森が高校2年生の彼女と二人で、オタクがたまっている同人誌を扱っている本屋をおとずれ、オタクをバカにして二人で笑うというシチュエーション、これもたまりませんね。少しヤバすぎませんか。これは果たして実話なのか、フィクションなのか? これが実話だとしたら、このカップルは性格が悪すぎますよ。中森自身も元々友達があまりいなさそうですが、こんな性格では彼女の方も学校に友達いないのでは。さんざんオタクのことを「友達がいなさそう(笑)」と煽っといて、自分たちの方がよっぽど友達がいなさそうです。オタクは同じ学年に何人かはいるからオタク同士で友達を作れますからね。だったら「23才にもなって女子高生と付き合ってるなんて精神的に未成熟で幼稚なロリコン男だ! ライター? そんなのただの無職野郎だ! そもそも18才未満相手なんて条例違反だ! 通報しろ!」ということに確実になると思いますが、当時淫行条例みたいなやつはまだないんで、そこだけは大丈夫なのでした。

 だいたい、これは本当の話なのでしょうか? 煽るために作った嘘のような気がしてなりません。「オタクは男性的魅力がなく、まともな女に近づくことができないから、二次元やアイドルにしかいくことができない(笑)。しかし、俺はお洒落で男性的魅力に溢れているから、女子高生と付き合えるのだ! うらやましいか!」って見栄をはって自慢気に嘘をついて煽ってるようにしか見えないですよ。デートするのにわざわざキモいと思ってる人間を侮辱しにいって喜んでるバカ・カップルとか現実に存在してるわけなんかないでしょ。
「あれは原稿を面白くするためのネタですよ。」という話かもしれませんけど、ネタであろうが、事実であろうが、単に書いた人間の品性が下劣であるという風にしか見えないです。お前の方がよっぽど気持ち悪いぞ!


以上は、『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』の第二章一節目から二節目までです。
『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』電子書籍版は各販売サイトで販売中です。

~目次~

第一章 幻想のサブカル地図 みうらじゅんはサブカルなのか
サブカルの源流を辿る/蔑称としてのサブカル/サブカルっぽい有名人/サブカル風評被害/みうらじゅんはサブカルではない

第二章 中森明夫と宮﨑勤の〝罪と罰〟
これが中森明夫だ!/中森明夫と宮﨑勤/中森明夫のアイドル語りがひどい/中森明夫と岡田斗司夫

第三章 そのサブカル、間違ってます!
サブカルを分けてみた/マウンティングするバカ/みんなアニメが好きだった/ファッションサブカル野郎/間違ったサブカル批判/サブカルのオタクいじめはあった?/イケダハヤト、はあちゅう/サブカル評論家と呼ばれている人

第四章 カリスマはいなくなった
ターザン山本という男/ブレーンに頼りすぎて凋落/ビバ彦という男/町山智浩という男/カリスマぶるには断定口調が大事

第五章 サブカルと女性
「こじらせ女子」って?/久保ミツロウ問題/ネットがよく炎上する東村アキコ/岡田あーみんという事件/大塚さんのこと

第六章 サブカルおじさんの害 町山智浩をサンプルに考える
サブカルおじさんを慕う薄ら寒い人々/中年の悪ふざけは痛々しい/「女のマニアックな趣味は男の影響」という考え/おじさんは夢見る少年でいたがる

第七章 なぜサブカルは自分はオタクだと言いたがるのか
水道橋博士のケース/プロト・サブカルなら仕方がない/なぜサブカルは自分はオタクだと言いたがるのか/サブカルもオタクもダメダメだ/オタクだと言い張る唐沢俊一/中原昌也と高橋ヨシキのオタク叩き/今の『映画秘宝』どうよ/安易なレッテル貼りはダメ絶対

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http://www.coremagazine.co.jp/book/coreshinsho_021.html

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http://www.coremagazine.co.jp/book/coreshinsho_027.html

 


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